●ママの気持ち(日記から)
こんな感じでいつも抱っこしていましたv(^o^)


イラスト by すずらん さん
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震災から8年目
2002年1月17日から2003年1月16日まで

2003年 9月

2003年9月5日

ちょっと前だけど、HPを見てくれた人からメールが届きました。将君と同じ1歳半のお嬢様がいらっしゃる方です。

将君へのメッセージをいただきました。
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「天国の将ちゃん・・・家の栞里(娘)が大きくなったら、将ちゃんのこと、阪神大震災のこと、話して聞かせます。指切りね、約束したよ・・・」

ありがとうございました。皆さんからのメッセージが息子に届くことを信じています。


2003年9月4日

今年は、残暑が厳しく9月だというのに真夏のようです。この暑い中、運動会の練習で汗を流している子供たちを見ると若いなぁと感心しています

昨日、毎日新聞で私が秋に出版する本のことを取り上げていただきました

http://www.ne.jp/asahi/sho/yu/shou/13newspaper/mai030903.htm

ほとんどの作業を終えて後は、出版社の方たちにお任せするのみになりました。出版は、11月10日です

昨日「積み木くずし」を書いた穂積さんのお嬢さんがなくなったというニュースを見ました穂積さんがインタビューで言っていました

『娘の事を書いた「積み木くずし」が売れたことで有頂天になって、教育評論家と称してテレビなどで語っている父親を見ていた娘が、実際の生活と『積み木くずし』の本の間で苦しんでいた。〜中略〜娘の死は私の責任です、』と。その話を聞いて心が痛くなりました。

今、私がやっていることやろうとしていることは優ちゃんのためにと思ってやっているけれど本当はどうなんだろうって・・・

結局は自分が、震災で生き残ってしまったことその後も、将君のもとへ行くことができず生き続けているそんな自分が将君に申し訳なくて生きていることを正当化したくて、生きていることの言い訳として「人生をどう生きていくかを見つけることが自分の生きる方法だ」と思い頑張っている。その生き方が優ちゃんにとってどうなんだろう?

考えても仕方ないのかもしれない、やり始めて気がついたことをその時その時で軌道修正していけばいいのかもしれない。進み始めている道を変えていく勇気を忘れず自分を見失わないようにしないといけないのよね。

自分だけじゃ、足元が見えなくなってしまうからその足元を見ることができる光りをみんなが照らしてくれるそんな関係でいられる仲間が必要ですね

結果は、時間が経たないと出ないだから試行錯誤して少しでも子供のために考えてあげなくちゃって思っています

ああ。。。これって考えすぎ?本当はもっともっと力を抜いてやっていけばいいのかもしれない。