●ママの気持ち(日記から)
こんな感じでいつも抱っこしていましたv(^o^)


イラスト by すずらん さん
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震災から8年目
2002年1月17日から2003年1月16日まで

2003年 6月


2003年6月30日
重なる時は、重なるもので・・・・
今日、個人懇談に行って、背筋がぞっとする話を聞いた。このまま、終わってくれたらと祈るばかりです。って、何の話かわからないよね(^^ゞ

その話を含めて、さいきんちょっと疲れ気味。今までのこと、これからの事色々考えてしまう。

頑張りきれるといいんだけど、もともと熱しやすくてさめやすい私。頑張りきれないのよね。ちょっと、ゆっくりと寝ていたいと思う今日この頃です。

今日は、何の予定もないので、朝から昼寝(朝寝?)をしようと思ったら今日懇談だったのを忘れていた。

結局、昼寝ができないままゆうちゃんが帰ってきた。懇談は、特に話もなく先生からちょっと様子を聞かれ、私のほうも特に気にもしてない事を話題がないので聞いてみた。そして、予想通りの答え。特に悩んでいないので半分世間話をして帰ってきた。

先生って大変だなって思った。たくさんの子供達と過ごすのってひとりひとりの勉強やこころの問題を見ないといけない。実際は、完璧にするのは不可能だと思うけど。

う・・・・ん、眠くて頭が働かない。書きたいことをどうかいていいかが浮かんでこない。また、日をあたらためて書きます

お(^o^) や(^O^) す(^。^) みぃ(^-^)ノ
明日から、7月・・・

2003年6月28日
今日は、私の誕生日。
朝、起き抜けに優ちゃんが「ママ、おめでとう!」と言ってくれました。頭がボーとしていたのですがその言葉で、誕生日だと言う事を思い出しました。
すごくうれしかった(*^o^)/


夕方から、ハーバーランドに行って食事をしました。
何を食べようかと優ちゃんとパパとで意見が分かれましたが、結局、ゆうちゃんの意見を尊重して、バイキングを食べる事になりました。私の誕生日なのに私の意見は誰も聞いてくれなかった・・・(^^;)、「ママの誕生日なんだよ」と言っても二人とも聞く耳持たずで、自分の意見を主張していたので強くいえなかった(笑)

お店に入って、優ちゃんがコーヒーを入れてくれました。「ママ、誕生日だから優ちゃんからのプレゼントだよ」って。すっかり成長した優ちゃんに感動しました。それから、おいしそうに食べている姿や笑顔を見ているとすごく幸せを感じました。優ちゃんが大きくなっていく姿を見ることができこんなかわいい笑顔を見れることが、一番のプレゼントだった気がします。
将君の笑顔も見たかったなって思ったけれどそれ以上考えると悲しくなるので深くは考えませんでした(^^ゞ

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【命の事をたくさん考えました】
今日は、午後から、子供を亡くした親の会「ちいさな風の会」の集会に行って来ました。関西での集まりは2年ぶりだとの事。前回、私が参加したのは、7年ほど前。その時は、たくさんの思いを抱えての参加。参加する事、それだけで精一杯だった。そして、涙々で自分のことを話した。

あれから、色んなことを経験してきた。あの頃の自分を振り返ったときに今の自分って頑張っているなって思う。

時間が経つと、閉じこもって生活していたあの頃から、外に出るようになって元気な私をたくさんの人が望んでくれた。時間が経てば立つほどみんなの中の私は、元気でいることが普通になっていった。

その頃の私は、外では元気にすごし、家に帰ると泣いていた。そのギャップが苦しかった。

そして、私は、「ちいさな風の会」に行く事ができなくなった。前を向いて歩き出した自分が、その会に行くことで悲しみのどん底に逆戻りしてしまいそうな気がしたから。まだまだ、悲しみのどん底に落ちた時にそこから這い出るための力がその時の私にはなかった。

その後、年に一回ほど関西での集まりがあったけれど足を運ぶ事はしなかった。そして、震災から五年たった時にこのホームページを開設した。

それまで、悲しみを出す場所を持つ事ができず苦しんでいた私だったけれどホームページを開設することで、悲しみを吐き出す場所を作ることができた。

そして、今回の集まり・・・。今回の集まりに出席するにあたって、私はひとつの大きな自信を持っていた。それは、悲しみのどん底にいる人の話を聞いても、私自身あの時のどん底に落ちることはないだろうという自信・・・。

それは、ホームページを開設してからたくさんの悲しのどん底にいる人と話す事で培われてきた強さもあるかもしれないけれど、今の私の中に将君の居場所がしっかりとできたからだと思う。今自分が生きていることこれから生きていくことにしっかりとした考えがあるからだと思う。

今日の集まりで皆さんの思いを聞いた時、自分のそれぞれの時間が思い出されてきた。その時その時を苦しんで歩いてきた。思いの強さや時間の流れは違うけれど、みんな同じ道を歩いている。だから、みなさんが話された事にうん、うん、そうだったとうなづける事ばっかりだった

今でも考え出すとあの時の自分に戻る事はできる。でも、私は生きていくと決めた。どんな事があっても自分の人生を生き続けたいと思っている。

ただ生きるのではなく、目的を持って生きて行きたいと思っている。

これから先の人生、まだ見えないけれど、8年半前のように予想も付かない人生ではなくこんな風にこれからを生きていくんだろうなって思える。

悲しんで落ち込んで苦しんで・・・それでも頑張って笑って楽しんで感謝して・・・。そんな人生を送るんだろうな。

集まりのあと、お子さんを亡くされて時間がたった方達とお茶を飲んだ。私よりもずっと先輩の方達。私よりも余裕が感じられた。落ち着いたと思っていた私だったけれど、その方達から見るとまだまだ頑張っている、頑張ろうとして頑張っているようにみえたのかもしれないな。そんな今の自分を見ることができるのはもっと時間が経ってからだろうな。今よりも、もっと強くなっているんだろうなって思った。

映画「タイタニック」をテレビで見た。辛かった・・・。誕生日なのに辛い事が多すぎたかな?でも命の事を考えられた貴重な一日になった。

私を生んでくれた、ママさん、ありがとう(*^o^)/
こっそり、読んでる あなたの事よ。Aさん(笑)


2003年6月27日
今日、優ちゃんと昔の写真を見ていた。将君の写真を見たときには言わなかったのに地震でつぶれてしまった写真を見たときに優ちゃんは、写真を見たくないと言った。

優ちゃんもまた、辛い想いを抱えていきていくんだろうな…
そんな、ゆうちゃんを守ってあげないとね。将君を守ってあげれなかった分
せめて優ちゃんを守ってあげないとね。

2003年6月24日
ここ最近、辛いニュースが多い。一家4人が殺害されてしまった事件。幼い子供まで殺してしまうそんな人間がいるなんて信じられない。そして、家族で乗っていた車に飲酒運転をしていたトラックが追突。お父さんとお母さんが亡くなって5歳の子供一人が残った。
おばあちゃんの話、『子供が朝起きては「ママ」何かをしては「ママ」と言って泣いているんです』自分の娘を亡くし残された孫を見て辛い想いをし・・・いたたまれない事故でした。

 その子供の話を聞いて、将君の火葬の時の事を思い出した。待ち時間があるときに「ママ〜」とずっと泣いている3、4歳ぐらいの女の子がいた。お母さんが死んでしまったんだねとみんなで話していた。将君のことで精一杯だったあの時だったけれど、その泣いている女の子とのことだけはなぜか覚えている。

 色んな事件があとを絶たない。何で人を平気で殺したりできるんだろうか?生まれた時は、すべての人間が何もない無の状態で生まれてくる。人を傷つけても平気な人、いったいいつからそうなってしまったんだろう。そうなるまでにきっと本人も回りも何かを気づいていたはず、でもそれをきちんと問題視せずに過ごしてきたんだろう。

 今、学級崩壊が低年齢化しているといわれている。いじめがあったとしたときそのそれぞれの家族はどう対応しているのだろうか?また、学校はどう対応しているのだろうか?

 何か問題があったときに、学校側は問題を外に知られることをとても嫌がり結果的に問題が大きくなってしまう事がある。その間にもいじめられている子供は心に大きな傷を負っている。心の傷は見えない。怪我をしなければ何も問題な事はないと学校の先生は言うだろう。でも、そうじゃない。目に見える怪我よりも目に見えない心の傷ほどきちんと対処してあげないといけない。心のケアについて、震災以降問題として取り上げられるようになった。学校の中だけではどうしようもない問題、いくら親達が問題を解決したいと頑張っても学校が消極的であれば問題は解決しない。

 もっとメディアで取り上げてもらって社会全体で考えなければならない問題だと思う。最近、私の周りで色々あってちょっとむっとしてる私でした。


2003年6月22日
ダイエットを初めて今日で丸2週間たった。そして今日がダイエット最終日。結局3kg.減・・・。目標4kg.だったのでちょっとがっかり。でも仕方ないか。100%メニュー通りやらなかったからな。それでも2週間で3kg.減、悪くないよね。

昨日は、お友達家族と一緒にウォーキングをした。午後からお互い予定があったので午前中に遊んでお昼を食べて解散。

途中で鳩やすずめにえさをやりながら歩いていたのでウォーキングというよりもただの散歩でした。でも、子供達の楽しそうな顔をみているとこっちまで幸せになった。



2003年6月13日
月曜日から友達とダイエットを始めた。去年の秋にやって4kg近くやせたダイエットメニュです。初めて5日たって2kg減 v(^o^) 

5日の間にステーキを食べたり、牛肉やお魚のメニューが入っていたり。朝もいつもよりたくさん食べています。だから、不思議。確かに間食はしないし主食も取らないときもあるけどこんなにやせるのってちょっと怖い気もするけれどとりあえず、体重を落とすにはいいかな?あと9日間、頑張ろう♪

さっき、お出かけから帰ってきてHPを開いたら、「88888」を自分でゲットしてしまった(^^;)

キリ番とると、うれしいはずなのに、なんだかショックだった(笑)なにかいい事あるのかしら?




今日、スターバックスの本日のコーヒーが飲める券があったので友達と3人で行ってきた。たくさんしゃべってきた。2時間以上もタダのコーヒーいっぱいで居座って迷惑だったかなぁ?

途中でサービスでデザートをくばりにきてくれた。でも、ダイエット中・・・、涙をのんでお断りしました。

この間、蛍を見に行ってきました。車で15分ぐらいのところにあんなに蛍がいるとは思ってもみなかった。

夜の8時から1時間ほど川に浸かって蛍とりをしていたゆうちゃん。すごく楽しかったみたいで帰ってきてからもずっとそのことを話してた。

わざわざ、ゆうちゃんに蛍を見せてあげたいとメールをくれた Iちゃんありがとう♪また、一緒に楽しいことやろうね(*^o^)/


2003年6月8日
今日は、大学の時の友達と去年の秋以来の同窓会をしました。この春、結婚以来関東に住んでいた友達が転勤で関西に戻ってきたので、みんなで会うことになりました。今は、6人のグループのうち5人が関西に住んでいます。卒業して●年、みんな全然変わっていなかったぁ。

パパにそういうと、「え〜?(--;)」といわれた。そりゃぁ、あの頃から●年経っているからさすがにあの時のままって事はないけれど、年もとっているしあの頃に比べるとおばさんになっているよ、でもでもね、ほんと変わっていなかったんだよぉ〜(^o^) 気持ちは、20歳のままで大騒ぎしてきたけれど、周りから見たらうるさい主婦の集まりにしか見えなかったかもしれない(笑)

でもね、たくさん楽しかった。だから、それでいいやんねっ!!(おばさん的発想?)

話題は、子供のことや仕事の事、それぞれがいろんな人生を歩いてきてる。楽しいだけの人生じゃなかった。それぞれが大切な人を失ってきたり辛い想いをしたりしながら頑張って生きてきている。私も頑張らなくちゃって思う。

去年これなかった友達は、将君を亡くしてから初めて会うことになった。その子もずっとずっと心配してくれていた。「何をどういってあげたらいいのかわからないまま今まで過ごしてきた」「色々手紙やメールを送っても返事は来ないし心配してた」って、話してくれた。そして、今日の私をみて、「本当によかった、これで安心できると言ってくれた。」

ありがとう、まだ、100%じゃないけれど、もう大丈夫だよ。楽しいこともたくさんできるようになったしね(o^-')b

夏休みが終わったらまたみんなで会おうねと約束をして帰ってきた。今度は、お豆腐料理の梅の花に行く事になった。

みんな、お仕事をしたり、親の世話をしたり、それぞれの生活をしているけれど会ったときは、大学時代のあのままのみんな。たった、2年しか一緒にいなかったのにこうやって、何年経っても友達でいられるって素敵だよね。

あの時、「年をとってお茶と和菓子を食べながら孫の話ができる頃まで友達でいれたらいいね」って、みんなで話してた。あと何年か先、きっとそんな日が来るだろな。その時まで、時々会ってたくさん楽しい話をしようね。

みんな、今日はありがとう。今度会うときは、あと5キロダイエットできるように頑張るからね(笑)


2003年6月3日
最近、テレビのニュースを見ていると心痛むニュースがとても多いです。5歳の男の子が病院の対応が悪かったせいなのか命を落としたり、火事の消化にあたっていた消防団員の方3人が亡くなったり・・・

それぞれに家族がいらっしゃるから、その方が今どんな思いで過ごしているのかを考えるだけで、自分の時の状況が浮かんできて苦しくなります。

毎日、たくさんの方がいろんな理由で亡くなっています。将君を亡くした時にこんな辛い思いをしているのは自分だけだと思っていたけれど、本当にたくさんの方が同じような思いをもって生きている。

でも、世の中は、「死」をタブーなことだと捕らえて、悲しみを出す人を受け入れる体制がまだまだできていないと思う。

悲しみを出す事が辛くて出せない人もたくさんいるのは事実だけど、出したいのに周りの人の目や言葉を意識して出せないでいる人が多いのも事実だと思う。

どうか、亡くなった人のことを思い続ける事がいけないと思わないでほしい。過去にとらわれて後ろ向きに生きていると思わないでほしい。悲しみを出す事によって自分の気持ちを整理して前に進める人だってたくさんいると思う。出せないから苦しんでいる人もたくさんいると思う。

世の中のたくさんの人にそのことを理解してほしいと思う。心に思って辛い気持ちを我慢していてもその辛さは癒されない。

よく、言葉にしなくても分かり合えるといわれるけれど、言葉にしないとわからない事もたくさんあると思う。言葉にしすぎる事で傷つけてしまう事もあるけれどそれだけを気をつけて伝える事の必要性を考えていきたいと思う。

これから、自分の中で何ができるかまだわからないけれど、今、大切な人を失って辛い思いをしている人がたくさんいるとおもうので、その人達が少しでも心安らげるそんな場所ができたらいいと思う。

あまりにも、壮大な考えなので実現できるかどうかもわからないけれど実現できるように、ちょっとずつ頑張って生きたいと思っている。

いくら伝えようと頑張っても、理解してもらえない人もいるのは事実。きっと、人間的にまったく考え方の違う人もいるんだろうな・・・と、この年になってやっとわかってきた。世間知らずというか、今までそういうことに遭遇することなく生きてこれた事は、きっと幸せなんだろうな。

傷つきたくないから、一生懸命になりすぎず、ちょっと心の余裕を持って頑張っていきたいと思う。