●ママの気持ち(日記から)
こんな感じでいつも抱っこしていましたv(^o^)


イラスト by すずらん さん
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震災から8年目
2002年1月17日から2003年1月16日まで



2003年 1月(17日から)



阪神淡路大震災で亡くなった方の数と同じ数のロウソクの火を見つめて・・・
たくさんのやさしさを感じ、ほっとできた。

2003年1月17日
今年は、命日までいろんな事をする気になれなくて、どんな命日を過ごそうかなぁっとボーっと過ごしてた。毎年送っている寒中見舞いもL今年からはやめてしまおうかな?なんて考えたり・・・。
結局、間際になって出すことを決め、あわてて印刷を始めた。投函したのは1月16日。毎年17日には手元に届くように心がけているのに・・・(汗)
遠くの人には、17日に届かなかっただろうな(^^;;;

人とかかわって生きていくこと、そんな中でいろんな事を感じて生きていくこと、それは自分の力で歩けていないことなんだろうか?将君のことを思って悲しんだり落ち込んでしまうことはいけないことなんだろうか?そういう思いを持たないで強く生き続けないといけないのだろうか?私は、この8年頑張って生きてこなかったんだろうか?そんな思いで迎えた1月17日・・・。

神戸の東遊園地で行われていた「1.17の集い」に参加した。その日は、HPの更新をしているうちに午前3時半になってしまった。4時半には、そこに向けて家を出ることになっていたのでそのまま寝るのをやめた。

東遊園地に着いたのは5時20分ごろ。たくさんの人が集まっていて、用意された竹筒に浮かべられていたロウソクのほとんどに火がついていた。点燈用のロウソクをもらって私たちもまだついていないロウソクに火をつけていった。

つけている時に思った。将君は、8年前の5時46分にあんなに小さかったのにたった一人で死んでしまった。その将君を思って生きていくこと悪くないよね、悲しむことがあっても悪くないよね・・・、前を向けない時があっても悪くないよね・・・。私は、8年前のあの時から本当に頑張ってきた。その頑張ってきたことを言葉にしてもきっと誰もすべてをわかってはくれないだろう。それは、私が他の人の生きてきた人生をすべてわかってあげれないのと同じように・・・。なんか、ふっと淋しくなってしまう・・・。一人ぼっちにな気がして。

時々、すごく頑張って強い自分でいないと、いけないような気になっていることがある。弱い自分でいることがいけないと思ってしまうときがある。でも、強く生きなくてもいいんだよね。

あの場所で、そんなことを思った。ここにいるたくさんの人が私と同じ気持ちでここに集まっている、亡くなった人を思うためにここに集まってきてるんだって思った。本当にほっとする場所だった。強がらなくていいばしょ・・・。思いっきり弱い自分でいても許されるそんな時間と場所だった。自分の持っている優しい気持ちが感じられる場所だった。

そんな、私たちの周りにロウソクの火が消えないように、つかなくなった古いロウソクを新しいロウソクに換えているおじさんがいた。

ボランティアの人なんだなぁって思った。こんなボランティアしてみたいな、私にもできるかなって思った。できたらいいのになって思った。


マスコミについて
その日の5時過ぎ、東遊園地で周りにいた報道関係の人たちの多さにはびっくりした
将君の写真を持って行ったため、たくさんの記者の人に声をかけられた。でも主人は、5時46分が過ぎるまでは、そっとしてほしいと言った。

5時46分、大切な家族があの地震により、苦しい思いをして命を経ったその時間を私たち遺族がどんな思いで過ごすのかをわからないわけじゃないと思う。

5時46分を過ぎた後取材を受けると言ったから、私たちの後を何人かの記者の方やテレビカメラがついてきた。取材を受けるのがいやなわけじゃない。でも、思いを大切いしてほしいと思った。

こんな風に書いているけれど、結構取材を受けた。テレビの前でも色々話した。実際にその時の写真は夕刊に使われ、テレビのニュースにもつかわれていたらしい。何人かの友達からテレビに出てたねって連絡がきた。「え〜?私見逃したよ!!」放送してくれたテレビ局の人、その時のVTRくださいな(^^ゞ