私達のホームページに、アクセスしてくださって、ありがとうございました。

2001年1月17日で、あの阪神大震災から、丸6年が、過ぎました。
将くんを、お空へ旅立たせてしまって、毎日、泣いていたあの頃、私に6年後があるとは、思いませんでした。たくさんの想いを抱えて、苦しんだり、頑張ったり、落ち込んだり、傷ついたり、元気をもらったり、希望を見つけたり して、気がつけば6年も、生きてきてしまいました。

その間、たくさんの友達のやさしさに支えられて元気をもらってきました。また、たくさんの人に出会って、将くんの事を聞いてもらってきました。私は、将くんの事が、みんなの中から消えてしまうんじゃないかと、すごく不安でした。そして、これから先、将くんのことを知っている人が、増えないという、寂しさに心を痛めました。双子として、同じ時に生まれたのに、あの瞬間に人生を終えた将くんと人生を続けるゆうちゃんを受け入れるのに随分時間がかかりました。あまりのショックに、残された子供を愛する気持ちが、消えていました。

でも、この子はあの全壊の家の下で生き残ってくれたんだと、思えるようになりました。それから私はゆうちゃんが生きてくれていることを感謝できるようになりました。

そんな、葛藤の間も、私の周りには、話を聞いてくれたり、凍り付いていた人生の一歩を踏み出させてくれた友達がいてくれました。泣く事を受け入れて、将くんの存在を認めてくれて、私が、悲しい時にはそっとしてくれました。あの時の、友達がいなければ、今の私はいなかったと思います。

そして、私が、将くんの事を話すのを黙って聞いてくれていた新しい友達がいたから、私は、外へ出ることができるようになりました。あの時に、こんな私を非難する人ばかりだったら、私は外に出る勇気をなくしていたかもしれません。なかなか言えなかったけれど、私のまわりにいた友達に、今「ありがとう」を伝えたいです。

そして、去年の命日に向けて、将くんのためにホームページを開設しました。そして、たくさんの(本当は悲しいことだけど)、大切な子供達を失った人と出会うことだできました。将くんのように幼くして天使になった子供達、また、生まれてすぐに天使になった子供達、そして、ママのお腹の中で天使になった子供達・・・突然の死であったり、病気で頑張ったのに天使になってしまった子供達、それぞれ、天使になった過程もその後の生活も違うけれど、ママとしてパパとしての気持ちは、みんな一緒でした。私は、ホームページを開設することで、たくさんの人に出会って、6年間の孤独から、随分抜け出せた気がしています。

そして、一番安心したのは、将くんは、今、一人ぼっちじゃないということを知ったことです。将くんのお空のお友達のお母さん達と出会って、天使になった子供達の話を聞いて、将くんのお友達の事がわかり、きっと、今ごろママたちのことを話しながらみんなで楽しく、過ごしているんだなって思えるようになりました。
5年間、将くんのママでありながら、それが生活の中ですべての人達に認めてもらうのは、難しいと感じていて、時には、私を外へ出す気持ちにストップをかけていました。そして、インターネット上では、『将くんのママ』と、呼ばれる事が、私に元気をくれました。そのことによって、日常生活の中で、ゆうちゃんの事を大切に思えるようになったのかもしれません。

ホームページに気持ちを吐き出していくことは、私には、必要なことだと感じました。

これからもよろしくお願いします。



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上の家族4人のイラストは,sakuraさんにお願いして作っていただきました。