●ママの気持ち(日記から) |
こんな感じでいつも抱っこしていましたv(^o^) イラスト by すずらん さん |
『ママの日記 目次』へもどる |
震災から8年目 2002年1月17日から2003年1月16日まで |
2002年2月2日 |
気がつけば、もう2月になっていました。
命日以降、いろんな思いで過ごして来ました。優ちゃんのことも色々考えました。 ある養子のことを扱ったテレビを見ていて、優ちゃんが言った言葉・・・「ママ、優ちゃんは本当のママの子供?」優ちゃんの心のストレスや傷について色々考え悩んでいた時だったので、私は、優ちゃんのその言葉に、敏感に反応してしまった。少し落ち着いた今なら、優ちゃんのその言葉にあんなに敏感に反応しなかったような気がする。 あの時、私は、一生懸命、優ちゃんのことを考えていた。どうすれば、ママが愛してることを優ちゃんにちゃんと伝えられるのだろうかと・・・。たくさんたくさん思っているのにまだ足りないのかなって考えていたから・・・ 「ママの本当の子供?」その言葉は、優ちゃんにとって、いつも思っている気持ちじゃなく、たまたま、そのテレビを思って浮かんできた言葉だったみたい。 でも、私には、心に突き刺さるほど、鋭い言葉だった。 以前、虐待死のニュースを見たときにも「ママ、優ちゃんのことを殺さない?」と聞いてきた。それは、今でもふっとした、拍子に言ってくる。 私は、何が、優ちゃんを不安にさせているのかを知りたかった。私なりに今できる限りの気持ちで優ちゃんを大切に思ってたから・・・ その時、「ママの本当の子供?」って聞かれたときに、こんなに色々考えているのにまだ、優ちゃんを不安にさせているんだと思って、私はどうしたらいいんだろうと思ったら、そのことを優ちゃんに言いながら涙がどんどん出てきて泣いてしまった。 ママの異常な反応にビックリした優ちゃんも泣き出した。「ママ、ごめんなさい。もう言わない・・・」そう、優ちゃんが言ったときに、ふと我に返った。 「しまった、ますます優ちゃんが気持ちを外に出すのを止めてしまうようなことをしてしまった・・・」あわてて、気持ちを出してくれることの大切さを話した。 出してくれることによって、ママが優ちゃんの気持ちをわかってあげて、話し合っていい方向に持っていけるということを話した。優ちゃんは、とりあえず、「わかった」と言ってくれた。でも、大失敗・・・。まだまだ、未熟な母親だと思った。反省・・・。 そこから、どうしてそんなに不安になるのかを聞いてみた。最初は、話さなかったけれど、パソコンばっかりして遊んでくれないこと、将君のことは怒らないのに優ちゃんばっかり怒ること・・・。だから、不安になると言っていた。ん・・・、どうしようもないことなんだけど、優ちゃんには大きな大きな不安になっていたんだと思った たくさんたくさん、愛しているって言っているし、地震の時に生きていてくれてありがとうとも言ってる。たくさん抱きしめて大切だとも言っている。でも、それでも不安にさせているみたい。 どうして、ママが怒るのかも説明してる。そして、怒った後、抱きしめて怒りすぎたことを誤ってもいる・・・。怒らないように気をつけるから、優ちゃんも怒られない様に頑張ってねという話をして、このことは終わった・・・。 でも、どれぐらい理解して、不安な気持ちを取り除いてくれたんだろうか?これが、きっかけであって、これからの生活が大切だということもわかっているから。 本当は、こんなことを考える事なく、普通に子供を愛していればいいのかもしれない。でも、優ちゃんを不安にさせる要因になった何年間の穴埋めをきちんとしていきたいと思っているから・・・。考えすぎかな? 伝えると言うこと 気持ちを伝えることは、本当に難しいと思う。100%伝えられることは不可能だと思ってる。この2年でHPを開設したり、メーリングリストに参加したり、メールを書いたりして、文字から気持ちを伝えることの難しさを知った。 まずは、文字にする人の、書き方や表現の仕方、言葉の持つ微妙な違い・・・、そしてそれを読む人の受け取り方、感じ方などで、書いている人の伝えたい思いとはまったく逆の思いとして伝わったりすることもあると思う。 少しでも、私の気持ちをきちんと伝えたいから、どうしてもだらだらと言葉が多くなってしまう。言葉が多くなればなるほど、本当に伝えたいことがぼやけてしまうことも多々あると思う。 先日、取材してもらったテレビの放送についても、同じことが言えると思う。私以外の第三者が製作しているから、その人たちの思いが濃く出てきてしまうのは仕方ないことだと思っている。 以前は、それがいやで、取材を受けることを拒否してきた。でも、HPを開設して、自分の思いをHPで書くことができるようになって、少しは寛容になってきたと思う。ちゃんと伝わらないものだと割り切っているのかもしれない。 100人がHPやテレビ新聞を見たときに、100人の感じ方があって思いも100通りあることを知ったから・・・。もちろんいい印象だけだとも思っていないから。批判があっても当然だと思っているから。別にそれでもいいと思っている。そう思えるようになったから、取材を受けてきた。 新聞、テレビ、HPすべては、作られているものだと割り切ることができるようになってきた。でも、まったく違うものを作られるのもいやだった。今回のテレビも作られたものだということは取材を受けながら感じてきた。それを最小限にとどめるために、担当の方といろんな話をしてきた。自分の中で自分の生き方はすごく大切だから、事実と違うことはできなかった。ドラマじゃないからそのままの自分を撮ってほしかったから・・・。 今回のテレビでは、私が悲しがっていたときのことが、あまり出てなかったと思う。それは、私が話さなかったから・・・。笑えるようになった今の自分が好きだったからそのことをたくさん話してきた。インタビューとして悲しかったころの事を聞かれたから話したときもあったけど。 そういう意味で、今回のテレビは、あれだけの時間だけしか一緒に過ごさなかったスタッフの方に伝えた私の思いをうまくまとめてくださったと思っている。 伝え切れなかった部分もたくさんあったり、間違って伝わっているんだろうなと思った部分もあったけれど・・・(笑)たくさん撮ったのに使われたのが一部だけだったのは残念なきがする。 もっともっと一緒にいる時間が長かったら、もっともっと私が見えてくると思う。いい部分も悪い部分も・・・・。でも、それが見えても100%私を表現できるのは難しいだろうな・・・。私自身でも、HP上で私のすべてを表現しきれていないから。私自身わかっていない部分もたくさんあると思うから・・・。 なんか、とってもえらそうなことを書いてしまった(^^ゞ NHKの○○さん、ごめんなさいm(__)m でも、これからもいろんなお話をさせていただきたいと思っています。今度は取材抜きで、お友達としてね♪ |
ご意見ご感想など何でも結構です。メール待っています。
トップページに掲示板もあります。そちらもよろしくね。
メールを お待ちしています