ママの想い


こんなママでいたいな。現実は……

イラスト by すずらん さん

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震災から7年目

12月

2001年12月31日

今年は、本当にたくさんの素敵な出会いがあった一年でした。そして、たくさん笑って楽しんで久しぶりにいい年だったと思える一年でもありました

去年の今頃には、こんな素敵な一年を過ごせるとは思いませんでした。
今年出会ったすべての人とずっと友達でいてくれているみんなに心を込めて
『ありがとう』と伝えたいです。

そして、いつもママの心を支えてくれている優ちゃん、ママに勇気と強さを与えてくれている将君、そして私のことを見守ってくれているパパにたくさん感謝したいと思います。

これを、トップのメッセージに使いました。手抜きでごめんなさいm(__)mペコ


2001年12月29日
一時
今日、久しぶりにNHKの住田功一さんが書かれた「語り継ぎたい。命の尊さ」という本を読んだ。阪神大震災で大学生のお子さんを亡くされた方の話が載っていた。震災当時の様子が細かく書かれていて、胸が苦しくなる思いだった。

あの震災でたくさんの命が失われた。そして、その一人一人の死を悲しむ人たちがいる。それそれの人の思いを考えた。あれからもうすぐ7年が経とうとしている。あのときに大切な人を失った人たちは今どうやって、生きているんだろうか。

自分が歩いてきた道を振り返るときにいつも他の人はどうやって今を生きているんだろうかと考えてきた。最初のころ、私が死を考えていたとき、どうしてほかの人は死を選ばずに生きていられるんだろうかと思っていた。私よりも先に子供を亡くした人とすごく話がしたかった。どうして今も生きけているのかと・・・・。

あれから、7年が経つ。でも私は、死なずに生きている。きっとあの時私がどうしていき続けられるんだろうと思った人たちも気がつけば時間だけが過ぎていったのだろう。

私は、これからも死を選ぶことなく生き続けるだろう。そして、死を迎えるときに自分の生きてきた人生に後悔をしたくないと思う。苦しいことも悲しいこともあると思う。でもいつも楽しいことを考える気持ちを大切にしたいと思えるようになった。

来年は、どんな一年が待っているんだろう。今の私には予想もつかない素敵な一年であってほしいと思う。来年が終わるときに胸を張っていい年だったと言えるといいな。

2001年12月28日
一時
今日は、朝からずっと出かけていた。帰ってきたのは夕方・・・。いい気分転換になったと思う。夕方から、友達家族と一緒に外食した。すごく楽しくて、のどが痛くなるほど(笑)笑った・・・。今日の優ちゃんもいつもよりもすごくハイテンションだった。やっぱり、親の気持ちが子供に影響するんだろうなって思った。パパもたくさん笑って酔って楽しそうだった・・・。

すごく単純だけど、昨日まで落ち込んでいた気分が一転して元気になったような気がする・・・・。(^^ゞ 昨日の日記を読むのが恥ずかしいぐらい(笑)
人を元気にできる人ってすごい。私は単純だからすぐに影響されてしまうんだけどね

今日、私が出かけているときに、パパがクリスマスツリーを片付けてくれた。今年のクリスマスも終わった・・・。でも、予想以上に楽しいクリスマスだった。
次に待っているのは、命日・・・。また、一瞬にして落ち込んでしまうのかな?その時は、その時…。きっと、また、新しい何かを見つけてもう一歩階段を上りたいな・・・。

今年も、あと3日・・・・。大掃除しようと思いつつ結局できないで終わりそうだな。まあ、いいか・・・来年の暮れまでにはやろう!!っと(笑)

あ・・・のどが痛い。明日声が出るかなぁ・・・

2001年12月27日

 
今、頭の中がこんがらがっている。元気な自分と悲しみの中にいる自分・・・
 
元気でいたい自分がいて、悲しみに戻る自分がいる。気持ちは、元気で楽しみたいと思っているのになぜか、悲しみに戻ってる・・・。
 
元気でいたいと心から思っているんだけどそれは、無理しているのかな?思いっきり無理している自分がいる・・・
 
寂しいのにね、無理しているよね。今の私を見て、パパが思いっきり心配してる。出張中も2度ほど電話がかかってきた。
 
今、悲しみの傷が生々しい人の話を聞くと、糸が切れたたこのように今の自分の場所から飛ばされてしまうのがよくわかる。この間のテレビの時のようにね。
 
将君が死んでしまっても元気にしている私・・・いいのかなぁ・・・どう思う?笑っていてもいいと思う?元気でいてもいいと思う?
 
がんばって強い自分でいないといけないと思ってる。無理して強くしてないと、崩れてしまいそうだから・・・今は、がんばって強い自分でいないといけない時期のような気がしてるから・・・。
 
でも、自分ひとりでその強さを保てない気がする。思わず優ちゃんを抱きしめて頼ってる頼りない私・・・(笑)はは・・・、まだまだ、前だけを向いて歩けないね私・・・
 
元気でいたいのにな・・・その意思と反して気持ちは悲しみへ・・・。そこにつかっていたい気がするけれど、今の私には、それは安らぎじゃない気がする。

めちゃくちゃ不安定。でも、きっとそのうち元気なれる。なりたいと思ってる。

2001年12月25日

今日、テレビに池田付属の事件で子供を亡くしたお父さんが出ていた。子供のいないクリスマスを過ごしている家族。それを見て一気に、過去へ飛ばされてしまいました。涙がどんどん流れて止まらなかった。私も同じようなクリスマスを過ごしていた時期があった。
今年のクリスマスに元気でいようとがんばっている自分・・・本当にそれでいいのかなあ。その番組に映し出されている悲しみの中の家族を見て。元気になってきている自分をどう受け止めていいんだろうとまた考えてしまった。
 
あんなにつらくて悲しくてどうしようもなかったあの頃と今の元気な自分のギャップの大きさを突きつけられた感じがした。
 
元気になった今でも、こんな風に一気に過去の気持ちへ帰ってしまうことがわかっていたから、楽しいことをたくさんしていたいと思っていた。自分の中で、自分でも気がつかないうちに過去をじっくり考えることを拒否していた気がする。思いっきり元気になりたいと思うことで、悲しみに向かう自分をごまかしているような気がした。
 
でも、いろんなことを心から楽しいと思えるようになったのは事実。自分が悲しみの中に戻ってもいいのだろうか?それとも、いけないことなんだろうか?どんなに悲しくてもがんばっていかないといけないのかな?ここ何ヶ月間がんばりすぎたかな?いろんなことを考えてがんばってきた。でも、ちょっとしたきっかけで悲しみの中に戻ってしまった。
 
今、何が悲しいのかわからない。
将君がいないことが悲しいのか、元気になってしまったのが悲しいのか・・・
将君に人生を送らせてあげれなかったのが悲しいのか、がんばって元気でいようとしてる自分が悲しいのか・・・
 
今の私は、たくさん笑えるようになった。こころから楽しいことをしたいと思えるようになった。元気になっている自分を好きだと思えるようにもなった。
 
でも、やっぱりダメ。将君の死を100%受け入れることはできないんだと思った。無理をしている自分がいることにも気がついている。どんなにがんばっても将君には会えない。抱きしめてあげることはできない。その悲しみはきっと消えることはないだろう。
 
今私はどうするべきなんだろう。悲しみ浸っているのが、今の私なんだろうか?それを振り切って将君を思う強い気持ちを未来を見るべきなんだろうか?

ここまで書いて思うこと、私は、前を向いて歩かないといけないということ、それは、優ちゃんが、楽しい人生を送るため。そして、自分の命を犠牲にして何かを伝えようとしていただろう将君のため。きっと私は、また笑うことだできると思う。楽しいことをしたいと思うだろう。子供が死んでしまったのに元気でいる私。そんな私自身を受け入れたいと思っている。でも、将君は、そんなママをどう見ているんだろう・・・。すごく知りたい。

2001年12月24日

MERRY CHISTMAS!v(^o^)
今年は、22日、23日、24日と3連休だった。その間、思いっきりクリスマスを楽しむことができた。22日は、友達家族とのクリスマスパーティー。時間がなかったので思いっきり手抜きの「焼きそば」パーティーだった(笑)。子供たちが、テーブルの上で焼きそばを焼いてくれた。クリスマスらしくないメニューだったけれど、みんなで過ごしたというだけですごく楽しかった。

夕方からは、その日、結婚される優ちゃんの担任の先生に会いに行った。お嫁さんになった先生をひと目見に行った。いつもと違う素敵な先生に優ちゃんは目を丸くしていた。とってもきれいだった。私にもあんな時があった事を思い出した。幸せな気持ちで結婚したことを思い出した。あれからもうすぐ16年、優ちゃんのためにあの時のことを少しだけ思い出してみようかと思った。

23日は、またまた友達家族とUSJに行った。パパは、クリスマスや夜のイルミネーションが大好き。今年のクリスマスは、絶対USJで過ごすと夏ごろから騒いでいた(笑)。
そんなパパの強い願いがかなって、USJでのクリスマスが実現した。

家族だけで過ごすクリスマスもいいけれど、みんなで楽しく過ごすクリスマスの楽しさを改めて感じられた素敵な一日になった。優ちゃんがお友達と楽しくはしゃいでいる姿を見て、すごくうれしかった。パパもママも優ちゃんもそして将君にとっても楽しい時間だったと思う。そんな素敵な時間を一緒に過ごせる友達ができたことに感謝したい。

そして、今日は家族でクリスマスパーティーをした。メニューは、将君と一緒に過ごしたクリスマスに作ったスープスパゲティーとピザ。そして、パパの希望で結婚したとしに一度だけ作ったチキンの丸焼き。

今年、去年と違ったのは、私がシャンペンを飲んだこと。去年までは飲まなかったお酒を飲めるようになった今までと少し違ったクリスマスパーティー。すごく楽しかった。

途中、少し悲しいことがあった。これをここに書くことを悩んだけれど、その悲しいことを私はそれだけで終わらせたくないからあえて書こうと思う。

私は今までたくさんのつらいことを経験してきた。そのたびに自分の中でもがいて苦しんで考えて歩いてきた。マイナス思考が強かった最初の頃は、そこから歩き出すのにすごく時間がかかった。

でも、私は、いいことも悲しいこともつらいこと、受け入れようと思えるようになった。そして、つらいことあって立ち上がる時に絶対何かを見つけて這い上がろうと思っている。ただ転んでたつだけじゃ何も進歩しない。ただでは起き上がらないぞ!という強い思いがある。気がつくとパパもびっくりするほど強い人間に変わりつつある気がする。(笑)

そんな強い私を支えてくれているのは、将君だと思う。私は将君の死を絶対無駄にしたくない。絶対何かを見つけて将君に会いたいと思う。無理している自分がいるのがわかる。そうやって無理をして頑張っていくのはつらいことだと感じることもある。でも、時間がたつと必ずその強さが自分のものになってきた。だから私は頑張っていこうと思う。将君にも優ちゃんにもその強さを持っていてほしいと思う。

そして、うれしいことがあったときには、そのうれしいことは自分ひとりの力だけではなく、必ず誰かの力があるからこそ感じられるということを知ってほしいと思う。そして自分にかかわってくれる友達がいることを感謝できる人間になってほしいと思う。

二人には、強さとやさしさを持てる人間になってほしいといつも思っている。

今年のクリスマスは、楽しいだけではなくつらいこともあったからこそ、私が想像していたよりも私にもう一歩歩き出させてくる素敵なクリスマスになったような気がするし、これからもそう信じて行きたいと思う。そう思える大切な一日だった。

2001年12月17日

今日は、朝から予定がたくさん入っていた月命日だった。以前、友達と月命日のあり方について話したことがあった。
今日は午前中にお菓子やお花など将君のために、色んなものの買出しに行った。そして、友達と会ってランチにしたり、遊んだりと いつもよりもたくさんの予定が入っていた。

でも、今日一日終わっての感想は、「すごく楽しかった。」だった。今日は、震災以降初めて、私の友達が親子が月命日に来てくれた。「来てくれた」といっても、約束していたわけじゃなくその場の流れで来ることになった。素直にうれしかった。そしてとっても不思議な感じがした。でも、その場にいてくれた友達について色々考えられた時間だった。

月命日のあり方についても考えた。何のために月命日をするんだろうって・・・。
今日、優ちゃんに「月命日って何?」って聞かれた。「将君が天国へ旅立ってしまった日」でもない。将君が旅立った日と同じ日にち・・・。それから・・・答えが出てこなかった。

色んな事を考えながら、お経を聞いていた。最近、表面的なことじゃなくて、心で将君の事を思うことの大切さを感じていた。でも、お経を聞きながら落ち着いて将君のことを考えている自分がいた。

いつかは月命日をしない日が来るのかな?でも、まだ、そう割り切れるだけの将君へのしっかりした想いがまだ足りないみたい。

もう少し、自分の中で色々考えてもっと将君への想いが自分のものになってきたらその時には、月命日はやめるのかなって思えた。

月命日について色んな事を考えることができた今日は、私の人生をもう一歩 歩き出すために大切な日になったと思う。そして、月命日という悲しいイメージのこの日を楽しい日にしてくれた、一緒に過ごしてくれたみんなに感謝したい。

2001年12月8日

今年も、あとわずか。11月中には大掃除をすませる予定だったのに気が付けばもう
12月8日・・・。今、頭の中は色んな事でいっぱい。楽しい事がほとんどだけど、これからやってくる命日に向けてのことも考えなくちゃ。

この間、しまいこんでいた写真を出してきた。将君がいたときの写真がほとんどだったけれど、将君を失ったあとの優ちゃんの写真・・・。あの頃私はほとんど優ちゃんを見ることなく毎日を生活していたせいか、小さい頃の優ちゃんの写真を見たときに初めて見るような新鮮な感覚だった。

パパと一緒に遊びに行ってとったであろう優ちゃんの写真。思いっきり笑っている優ちゃんの笑顔をみて、思わず「かわいい!!」と大騒ぎした私。私が、優ちゃんのことを見る事ができなかったあのときに、こんな笑顔をしていたんだって、なんだかほっとした。その笑顔を一緒に作ってくれたパパ・・・。今日初めて感謝する気持ちが湧いてきた。ありがとう♪

将君を失ったあとの優ちゃんとの生活は、私の記憶にはほとんどない。同じ親でありなから、母親である私と父親であるパパとの気持ちの違いはあったんだろうな。二人のあのときの思い出を話すとお互い知らないことが多い。7年たってやっとあのときのパパの気持ちを理解してあげようかなって思えるようになった。

小さい小さい優ちゃんの写真を見て、私が気が付かないうちに流れていた時間を感じた。

震災前の11月に行った結婚式での写真・・・披露宴の最中に寝てしまった将君を、ソファーに寝かせていた。普通の寝顔なんだけどどうしても天使になったときの将君の顔と重ねてしまう。それだけ、将君はただ眠っているだけのような穏やかな顔をしていた。将君の死は、本当に辛くて耐えがたい事、でもそのときの穏やかな顔が、私を支えている柱のひとつになっている。
ママにくれた最後のプレゼントだよね。

幸せだったときの私の顔と悲しみの最中の私の顔・・・、まるで別人のようだった。将君を失った直後の優ちゃんの笑顔の写真を見ていると涙が流れてきた。何の涙なんだろう・・・その笑顔が本当にかわいくて、そのときの自分の悲しみと対照的な笑顔・・・。このときの優ちゃんの心理状態はどんなんだったんだろ?って考えてしまった。今までもよく考える事だけど、写真の笑顔を見ているとなんだか切なくなって・・・。天国へ旅立った将君と命のある優ちゃん・・・。その正反対の二人を私一人の中で受け入れなくてはいけなかった。当然無理な事だった。最近やっと、二つの世界にいる二人を受け入れられるようになった。

別々の世界にいるけれど、二人は同じ私の子供には、変わりないと思えることになった自分自身に自信を持てるようになった。あたりまえの気持ちなのに、なかなか受け入れてもらえない気持ち・・・。亡くなった子を忘れて元気になる事、前を向いて人生を歩く事が、世間ではよかったといわれる。そんな事はできるはずがないのに・・・。

私は、絶対将君の事を忘れない。将君の死を仕方ないとも思わない。将君への気持ちがすごく強い。だから、元気になる。だから、楽しもうと思える。将君の悲しい顏を見たくないから。ママと一緒に楽しんでいてほしいから・・・。

将君がくれた大きな大きな強い力、そして優ちゃんの笑顔に支えられて私は、人生を歩こうと思えるようになった。

今、クリスマスをどうすごすか計画中。きっと素敵な楽しいクリスマスになると思う。